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きぃちゃん、ゆっこ、あいちゃん、サッチと呼び合うガールズバンドの4人組を、今日はもう練習どころじゃなかろうと言い聞かせ。七郎次と久蔵が、それぞれに実家へ連絡して呼んだ、楽器も積み込める大きさのボックスカーへと分乗させて。勿論のこと、彼女らお姉様も付き添った上で、ご自宅までを丁重に送って差し上げての……さて。
「久蔵のことを、
合唱部の伴奏を“退屈そうに”手掛けている先輩だと、
見たらしいですね。」
送ってった車が一緒だった ゆっこちゃんから、平八が上手に話に乗せて聞いたところによれば。そんな風に手持ち無沙汰でおいでなのならば、
わたしたちと一緒に青春弾けさせませんか、と
勿論 先輩が相手なこと、いっせぇのと頑張って、お声を掛けて下さったのらしく。4人全員、中等部からの持ち上がりじゃあなかったから余計に。久蔵が恐ろしく寡黙で表情も薄く、徹底した玲瓏透徹さをたたえた存在だと知れわたっていたところの、ちょみっと風変わりなお姉様だということを、全然の全く知らなかったようで。
「ああまでの行動力があるところからして、
正しく外部入学生らしさの発露ですよね。」
くすすと微笑った平八も、だがだが立派に外部入学生であるし、そこは七郎次も同じくな身。そんなに違うものかなぁと、きょとりとしつつ小首を傾げる白百合様へ、
「持ち上がりは、一年で既に“上”の力関係を知っている。」
「あ…。」
白磁のティーカップを口許まで持ち上げながら、さしたる感慨も無さげにそうと告げたは、3人の中で唯一持ち上がり組の久蔵であり。この言い方はいささか極端だったが、成程、中等部時代にも先輩だった皆様の居残る高等部へ上がってくる訳なのだから、どんな先輩がたが居なさるか、何をすれば どなたから不興を買うかなどは、既にインプットされている……と言いたかったのだろう。久蔵自身は、初等科時代から既に そういう権勢めいたものへの関心は無い派だが、それでも…つまらぬ騒ぎで煩わされてもしょうがないくらいは思うらしく。
「庭のどこらへんに つまづく石があるかくらいは。」
覚えておいても面倒でもないしと、そんな解釈での把握はあるらしく。この久蔵に周囲への関心があって、しかも喩えも喩えだったため。それを こんな折に初めて聞いちゃった、白百合様とひなげしさんにしてみれば、
「…そうなんだ。」
「ちょっと意外でしたね。」
かつてのあの、傍若無人が売りだった、世渡りや社交なんてついでに斬って捨ててたような、何へ対してでも無敵の紅胡蝶さんにさえ、こんな心得抱かせてしまう令嬢界って…と、微妙に驚かされたのも無理はなく。……って、何だかお話が大きく脱線してないか、あんたたち。(う〜ん) 七郎次と、平八・久蔵という2組に分かれ、傷心の後輩さんたちをそれぞれが送っていったその帰り、話を突き合わせましょうと集まり直したのが、此処、久蔵の自宅である三木邸で。七郎次は本来のお出掛け先だった親戚筋の皆様のご様子を、ご両親へ報告せねばならなんだのでは?と、久蔵が目顔で問うたようだったが、
『大丈夫、父も母も今日は遅いのです。』
何でも、別な親戚からのお招きにあったのでと、箱根の方までご夫婦で伸していらっしゃるのだそうで。風情ある洋館にお住まいになりながら、なのに…実は日本画の画壇の大家でもある七郎次の父上は、何とか言う元華族の大伯父様よりも実のところは高名なお人。いわゆる判りやすい“文化人”なせいだろか、あちこちからお招きの声がかかりやすく。家庭を大事としてはおいでだが、それでもこういうお出掛けは昔からのずっと、減ったためしは無いままであり。そんな風な、微妙に寂しい夜も多かりしな環境下で育ったためか、さほど人当たりは悪くない子供だったが、それにしては…お互いの家へお泊まりに行くほどの仲良しを作ったのは初めてのことという辺り。そこだけを聞けば、久蔵と変わりない頑なさが窺えんこともない、そんな交際しかして来なかったらしき七郎次お嬢様だったので。そちらのご一家もまた、こうまで仲のいい親友さんたちとのお出掛けやお泊まりと聞けば、喜んで送り出してくれるそうだとか。まま、今はそれもさておき、お話を大きく本筋へと戻せば。
「環境や実情についてだって、
持ち上がり組だったなら、
伝え聞きではあれ外部の人よりは詳しいでしょうから、
どんな部があるかとか、何が人気かくらいは知ってもおりましょうよ。」
平八が“環境や実情”と言ったのは、あのバンドガールの後輩さんたちが、高等部に軽音楽部がないと知らなかったことを指してのもので。
『去年の学園祭を観に来たんです、あたしたち。』
その時の演目に、野外音楽堂でのバンド演奏というのがあって。卒業して行ったOGや先生がたといった顔触れからも有志を募っての、即席ガールズバンドでのそりゃあ賑やかな公演は、実は例年の恒例ともなりつつある人気の出し物。観る側も楽しみにしているので、その盛り上がりも大層なものであり。本格的なロックフェスには到底及ぶものじゃあないけれど、会場が一体となって熱狂する盛況ぶりは…さほど際限無く過激なそれではないからこその安心感つきで、少女らには心地のいい体験として染みたようで。そもそもからして、この女学園も進学先の範疇内だったところ、えいと決めた理由がそれだったお嬢さんたちが4人ほど。入ったはよかったが、ああまでの感動をくれた軽音楽のグループは部として存在しないのだと知り、がっかりしつつも…それならばと。頭(こうべ)を上げて“自分たちが作ればいいのだ”という方向へと動き出したは、
「ウチの学園にはふさわしい、向上心あふれる方々だってことですが。」
そして。何も 頭っから“ロックバンドだなんて”“そんなはしたないことを認める訳には…”と、話も聞かず弾ねのけた大人たちではなかったのだろうからこそ、彼女らも頑張っているのだという背景もようよう判る。カトリック系でシスターも多く在籍し、敬虔なお祈りの時間が授業前に設けられてもいる女学園…ではあるが。学園祭にそういう弾けた企画が上がり、しかも教師も加わるくらいなのだ、決して理解がないではない。表現の自由もどんと来いという、結構骨太な校風でもあったりするのだが、但し、
「文化部長会の審査もありますが、
それらの手前の第一条件。
同好会には6人以上、部には12人以上の部員を、
しかも学年またぎで集めることが、条件ですものね。」
思いつきやその場の熱狂だけで立ち上げたものを、活動のために部室がもらえて公欠を認められて、届けによっては部費まで捻出出来るそれとして、片っ端から認めていてはキリがない…という、大人の側の理屈の正当さも判る彼女らでもあって。
「鉄道研究部も。」
同好会のまま何年目になるか…を省略した久蔵の言いようへ、そうそうそれって聞いたことがありますと平八が続け、
「そもそも、鉄板な…ポピュラーな部だって、
名前だけの在籍になってる方々が大半ですもの。
部室も空いてりゃ資材や備品だって幾らでも余ってる。」
そういう平八も、美術部に在籍しちゃあいるが、その実、授業以外で美術室でキャンバスに向かったことは一度もない、立派な“幽霊部員”であり。そも、名家のお嬢様がたが高校生なんていう妙齢に達したならば、社交界にも顔つなぎの必要が出て来るわ、そのためにも英会話やピアノといった習い事やお作法全般へのスキルアップやらへも最終的な磨きを掛けねばならなくなるわで、そりゃあもうもうお忙しくなるものだから。本人が希望してのことかどうかは知らないが、学校の課外活動になんぞ時間を割いてはいられないとする顔触れも、少なくはないのが実情と来て。そんなこんなを語る平八と、うんうんと頷く久蔵の狭間にあって、
「……そうなんだ。」
ふぅんと、どこか感慨深そうなお声を出した人がおり。あらとお顔を上げたヒナゲシさんが下宿先から持って来た差し入れ、五郎兵衛殿特製のうす塩風味の芋けんぴをぽきんかりかりと齧っていた七郎次の口許が止まっているのは。彼女の所属する剣道部では、そういうややこしい内情とか背景とか、感じたことがなかったからなのだろうと忍ばれて。
「シチさんのいるところは日々の鍛練がものをいう部活ですもの、
こういうことに縁がなくて当然ですって。」
「……。(頷、頷)」
知らなくてもしょうがないと、久蔵と二人掛かりで宥めたものの、
「でも…文化部の皆様だって。」
何か言いかけて、だが、そういえば自分は、平八や久蔵の所属する部の活動もあまり知らないのだと気がついたらしい。ますます、そのなで肩を落としてしまうので、
「熱心な人はちゃんと熱心に取り組んでおいでですよ?」
英語研究部は、毎年 英語による弁論大会で好成績を取り続けているし、吹奏楽部も全国大会の常連だ。演劇部はプロの劇評家からさえ その演出の妙を絶賛されているし、書道部は高校総体や何やのポスターへという篆書を依頼されることが多いとも聞いている…と。さすが情報はお任せの平八が、案じることはないですよと言い足したが。
「ね?」
「…うん。」
実家も相当な格のお家のご令嬢だが、だからこそ、付け焼き刃的な支度も要らない七郎次は、よそのお嬢様たちが 様々な慌ただしさに翻弄されておいでだというのも、今の今までまるきり知らなかったらしくって。思えば、前の“生”では最も世慣れていたはずの彼女が、だってのに現世では一番世間知らずなままなのが、何というのか…妙なもの。
“何もかも全くそっくりと、
前世から持って来たわけじゃあないってことかなぁ。”
そちら様は たどたどしい不器用さがあんまり変わらぬ久蔵が、懸命になって シチシチと声を掛け、元気出してと白百合様へ擦り寄るのを見やりつつ、こっそり苦笑した平八でもあったのだが。
「……ともあれ、彼女らはただ単に、
あの商店街とのご縁があってのこと、
今月末のフェスティバルへの参加をする身だって話で。」
楽器経験者もいてのこと、学校の空き教室なんぞでも、こっそりと練習を積んではいたらしいのだが。アンプにつないで生の音を響かせて、ついでに聴衆も揃えて…という演奏も、そりゃあしたいに違いなく。スタジオを借りるなんてほど大仰なことじゃあないしと、練習する場所を探していた彼女らが、あんまり人のいない空間としてあの広場を見つけたのがGWの頃だったとか。そんな行楽の時期でさえ静かなまんまの環境を、もしかしたらばそれで良しとしておいでなのかしら、だったらお騒がせしちゃあいけないかしらと。そこはお育ちの良いお嬢さんたちだったので、そんな方向へも一応は案じつつ。ドキドキしつつも…商店街の町内会の皆様へというお伺いも立ててみたところ。
『耳が潰れそうな騒音を立てられては困るが、
そこのところをわきまえて下さるのなら。』
どうせ広場正面のビルも店舗が一軒も入ってないもんだから、シャッターも下ろしたまんまで所有者も滅多に来ないほど。だから構いませんよと。あの女学園の生徒さんたちなら、間違っても迷惑になるようなとんちんかんなことはしなかろうと、使用許可はあっさり下りた。やたっと飛び上がって喜んだ彼女らだったのは言うまでもなく、さっそく放課後や休日に集まっては、もっぱらコピーばかりなのは已なきことながら、それでも熱心な練習を重ねる日々が始まって。最初のうちは輪になった皆で向かい合ってという、正しくただの“練習”だったそれだのに。ほんの半月も経たぬうち、手持ち無沙汰なご主人や女将さんたちがどれどれと覗きに来。リクエストされては練習した結果として、少々畑違いのジャズやスゥイング、懐メロもレパートリに増やしてゆき。そんな何でもありメドレーを奏で始めたのへと誘われてのことか、半地下になっている広場とは斜面へ植えられた生け垣を挟んだ格好の、大向こうの通りからも。わざわざステップを降りて来て、演奏を観てゆく聴いてゆく学生さんやら会社員やらといった人の数も日に日に増えてゆき。
「商店街のほうへも思わぬ人の流れが出来たんで、
これはもしかして絶好の街起こしになるかもって。
そこまで行かなくとも、
夏休みのお祭りでも開こうかって話になったのが七月の半ば。」
どうせお客なんて来ないしと、ここ半年くらいシャッターを上げていなかった店の中にも。何とはなく活気づいて来たのが伝わったか、商品にはたきを掛け直し、朝からお店を開けるところが増え始めた。こんなところに本屋さんがCDショップがあったんだと、知ったからには毎日のように通ってくれる学生層もあり。今はこういうチャームをストラップにするのが流行ってるのよなどと、ジュース代わりに小ぶりのカップフラッペを食べつつ、お喋りしてってくれる女子大生も増えたりもし。そうともなれば、そんな弾みをつけてくれたお嬢ちゃんたちへの恩返しも兼ね、フェスティバルの中でライブを開かせてあげようという話が、あれよあれよと言う間にもまとまった……と。
「やっぱ、よくある話で、
そんな風に周りから大事にされてることとか、
しかも素人もいいとこなのに ライブだなんてってこととかへ、
面白くないと思う連中がやっかんでのことかしらね。」
活気がなさ過ぎてか、不良さえ寄りつかなかったほど商店街は寂れていたと、そんな風にも解釈出来るような言いようをなさってた皆様だったし。片や、ビッグになるんだ、ロックバンドの世界でのし上がってやるんだとかいう、滾るような野心があるお嬢さんたちでもなく。よって、誰か何かの妨害になっている存在とは到底思えないし、邪魔だから排除してやるとか、実は別なお嬢様が敵愾心を煮えさせた末に“目障りだから潰して”と頼んだ風でもなさそうで。
「テレビの取材が来たとか、
インディーズバンドとしてCDを出すとか、
のちのち何かのコンテストに出るとかいうならともかく。」
そっちへ目立ちたい彼女らじゃあないようなので、となれば“やっかみ”以外の原因なんての、思い当たることなぞ やはり出て来ないものの。そうと並べた平八の見解へ、
「でもねぇ。」
こちらの肩口へ顎の先を乗せ、んん?と案じてくれている次男坊…もとえ久蔵へ。もう元気ですよと、にっこりほっこりと微笑ってやり、ふわふかな金の綿毛を懐ろへ掻い込むようにして“ん〜〜っvv”っとハグしてやった白百合様。それほど浮上したのも、とある引っ掛かりを思いついたかららしく。
「ああいうチンピラが、何度も何度も、
追い返されつつも執拗に絡んで来るもんだろか。」
「はい?」
まだまだ売り出し始めたばかりっていうアイドルの、CDショップの店先や遊園地のヒーローショーとの抱き合わせライブなんかに乱入して、野次を飛ばしたり場内で暴れたり、一種のパーティー・クラッシャーみたいなことをする連中ってのは いるらしいけど。
「今までとんと見かけたことが無い顔触れだって。
ってことは、どこからかわざわざ来てるってことじゃない?
あの辺りがにぎわい出した評判を聞いて?
そりゃ面白いって、
新しい遊び場にしようじゃんって やって来たのなら、
あんまり喧嘩慣れしてなさそうな おじさんたちが出て来ても、
そのくらいじゃあ引かないんじゃないかな。」
「あ……。」
あの子たちが無事だったのは本当に結構なことだけれど、引き際がよすぎるのがちょっと気になってねと。白い指先、唇にちょんちょんと当てて。何か思いつきましたという、それにしては冷静なお顔をして見せた白百合様には。平八がきょとんとし、逆に久蔵は…何を言い出されても驚かぬとの意の現れか、顎を引いての双眸を鋭く冴えさせると、油断なく身構えて見せたのだった。
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*どんだけおっ母様が好きな久蔵殿なんでしょか。(苦笑)

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